国会の乱闘は「田舎のプロレス」 やらせに国民はダマされている?

国会での強行採決時の乱闘にはシナリオが存在する?

国会の乱闘は「田舎のプロレス」発言問題

24日の衆議院議員運営委員会の理事会において、萩生田光一官房副長官が野党が国会採決の際に身を挺して採決を阻もうとする行動などを「田舎のプロレス」と揶揄したことが問題視されていた件で、萩生田官房副長官は謝罪するとともに発言内容を撤回した。

この件を見ていて数年前のある議員のカミングアウトを思い出した。

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2011年5月、元国会議員で現在タレントとして活躍する杉村太蔵がテレビ番組内で、国会審議の際によく見られる「乱闘」にはシナリオが存在することを告白した。当時杉村が語った内容は下記の通り。

・誰がマイクを奪い、誰がガードに入るかという役割が決定されている

・強行採決の時間は、アナウンスなどで事前通告されている

・マスコミ各社のカメラはすでにスタンバイされている

・良い絵が撮れたのを見計らって「終了」のアナウンスが流れる

・乱闘していた与野党の議員が「ハイ、ちゃんちゃん。お疲れさまぁ」と散会する

国会での乱闘は、法案を通さなくてはならない与党に対して、採決が覆ることはないにしても野党が最後まで体を張って抵抗したことを政党支持者である国民にアピールするには効果的であり、まさにプロレスで例えるなら与党が悪役レスラー、野党が正当派レスラーとなって演じるショーのようなものだというのが杉村氏の告白だ。

今回の「田舎のプロレス」発言は、田舎やプロレスを侮辱しているという問題もあるが、それを抜きにして「筋書き通り、台本通りに乱闘が行なわれている」ということを表したのだとすれば、萩生田官房副長官の発言内容の捉え方は人によって違ってくるのではないだろうか?

果たして今でも国会の乱闘劇に台本は存在するというのだろうか?

萩生田官房副長官は強行採決と呼ばれるような審議場面での、野党側の議員が国会で身を張って抵抗する様子について当初

「強行採決は世の中にありえず、採決を強行的に邪魔する人たちがいるだけだ。『田舎のプロレス』と言ったら怒られるが、ある意味、茶番だ」

などと発言していた。この発言内容が今もなお強行採決時の乱闘にシナリオがあることを意味しているとは言わない。乱闘が起きたくらいで採決される予定の議案が不採決に変わることなどないといったニュアンスが正しいと思われる。

しかし杉村氏が発言した2011年以降も何も体制が変わっていないとするなら、風習や慣習といったレベルで、国会での乱闘のシナリオは”あって当たり前”ということになり、萩生田官房副長官は乱闘騒ぎは茶番であるという禁断の告白をしてしまったことになる。

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茶番の真相がどうであれ浮かび上がる疑問

仮に茶番であることを議員全てが知った上で今回の問題発言騒動が起こっているのならば、与野党交えた壮大な寸劇を我々は目にしていることとなり、これは実に奇妙な風景だ。

杉村氏の発言の後、何かしらの事情で長年にわたる乱闘のシナリオが廃止されたとするなら、今回の「田舎のプロレス発言」は野党に糾弾されて然るべきだろうし、現状ではそうであるように国民の目には映っている。

ここで疑問に感じるのが、筋書きありきの乱闘が本当に根絶されたというのなら、何故そのような浄化作用が国会で起きたのかという点だ。現在の日本の国会でそのような本来ならば至極まっとうな正常化運動が自発的に起こるとは正直なところ到底思えない。

杉村氏のカミングアウトの内容が事実だという前提で考えると、国会の裏歴史として脈々と続いてきた筋書きのある乱闘が突如として廃止されたというのなら、どのような理由なのだろうか?どのような人物の働きかけで廃止に至ったのだろうか?何故長年自分たちにとってメリットのあった筋書きある乱闘を廃止することに皆が賛同したのか?

かつて「伏魔殿」にも例えられた国会議事堂。ここで各政党がどのような駆け引きをしているのか、国民は国会の審議の場面以外を伺い知ることは出来ないため非常にミステリアスな空間であることは間違いない。

国民が見ている国会での乱闘シーンは果たして虚なのか実なのか、考えれば考えるほど謎は深まっていく。

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