タイマーズFM東京事件 忌野清志郎を古舘伊知郎が振り返る

タイマーズFM東京事件

古舘伊知郎が自身がパーソナリティを務める「古舘伊知郎のオールナイトニッポンGOLD」で1989年に起こったタイマーズの放送禁止事件について語った。

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タイマーズがヒットスタジオ本番中に放送禁止の歌を堂々と披露

まずザ・タイマーズについて。タイマーズとはRCサクセションの忌野清志郎が別人格の”ゼリー” に扮して1988年に結成したバンドである。土木作業用ヘルメットにサングラス、鼻から下を手拭いで覆った出で立ちからも学生運動のパロディ的要素が強いバンドであった。

このザ・タイマーズが1989年10月13日にフジテレビ「ヒットスタジオR&N」に出演した際に、生放送の本番で楽曲演奏中にFM東京(通称:TOKYO FM)を罵倒する歌詞を含んだ楽曲を披露。性的な放送禁止用語も含まれたこの歌(俗に「FM東京の曲」と呼ばれる)はもちろんリハーサルでは番組サイドには知らされておらず、タイマーズがゲリラ的に演奏したもの。

なぜこのような珍事が起きたかというと、RCサクセションが同年に発表したアルバム「COVERS(カバーズ)」に参加した山口冨士夫とゼリー(忌野)の共作であるティアドロップスの「谷間のうた」がFM東京(とFM仙台)で放送禁止楽曲となり、さらに「カバーズ」に収録された「サマータイム・ブルース」、タイマーズのアルバム「TIMERS」に収録の「土木作業員ブルース」も放送自粛の扱いとされたことに対する抗議だったとされる。

もう少し掘り下げてみよう。アルバム「COVERS」は当初1988年8月6日に所属レコード会社の東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック EMIレコーズ・ジャパン)からの発売が予定されていた洋楽の日本語カバーアルバムだったが、収録曲の「ラヴ・ミー・テンダー」(=先行シングルとして6月25日発売予定だった)と「サマータイム・ブルース」が核問題や反原発の内容が歌われていたため発売が中止になる。しかし、ファンの抗議活動によって、RCサクセションがかつて所属していたキティレコード(現・ユニバーサルミュージック)から8月15日に発売が実現したという背景がある。

核問題を扱った楽曲が一度は発売中止となった理由としては、原子炉サプライヤーでもあった親会社の東芝からの圧力がかかったと言われている。忌野は東芝EMI統括本部長の話し合いの場で「カバーズ」の発売を中止するか、「ラヴ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」「マネー」「シークレット・エージェント・マン」という4曲を削除してミニアルバムとして発売するかを打診されたが、納得できず同社からの発売が見送られることとなった。

約30年も前に核問題や原発問題に関心を持って、危機感を抱きメッセージを歌に託していた清志郎の時代を見つめる鋭さには感服である。

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古舘伊知郎が語る忌野清志郎の思い出

古舘はオールナイトニッポンGOLDで放送中に流す曲を自ら選曲しているといい、18日の放送ではタイマーズの「デイドリーム・ビリーバー」を流した。

そして27年前の「ヒットスタジオR&N」での忌野との思い出についても語った。

当日の5曲のメドレー演奏をする予定だったタイマーズはリハーサルではある曲の歌詞を”フルタチイチロー♪”と連呼して歌っていた。奇妙に感じた古舘はタイマーズの楽屋を訪れ「本番で変なこと言わないでよ」と笑い話をしたという。

そして問題の本番、事件が起こった。

今残っている映像を見てみると、他の出演者は清志郎の破天荒なパフォーマンスに大喜びしている。しかし司会の自分自身は「不適切な発言があったようでございます。お詫びして訂正させていただきます」と決まり切ったコメントをするしか出来なかった。

本当はもっと粋なコメントをしたかったとも思うが、アナウンサーという立場上、かしこまったスタンスを守るしかなくジレンマをどこかに抱えていたかも知れないという複雑な胸中を吐露した。

以前文春のインタビューで、このオンエア後に清志郎が古舘に謝罪して来たことを明かし、同時に「古舘さんだから安心してできた」と満足げに語る清志郎を前にして、怒っている自分自身がバカバカしくなったとも語っている。

破天荒な忌野と生真面目な古舘の二人のコントラストが面白いエピソードだ。

そしてタイマーズの楽曲については次のように評した。

当時F-1グランプリの実況でブラジルに行く機会があった古舘は現地で聴き慣れた「ランバダ」がとても気に入った曲の一つだったが、帰国後に日本国内で日本語カバーされた「ランバダ」を聴いてダサさに唖然としたという。しかしタイマーズがカバーしたモンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」は何の違和感もなく聴ける自然な楽曲になっていたので秀逸だと感じたという。

当時、自身の番組をメチャクチャにされた古舘の清志郎への思いは複雑なものがあるだろうが、制約に縛られがちなアナウンサーという職業に身を置く古舘にとって、ロックスピリッツを掲げメッセージを自由奔放に発信する清志郎は、紛れもなく憧れの存在だったのだろう。

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